アート系VSアイデア系―PV制作出身映画監督たちのミュージックビデオ集
岩井俊二制作のミュージックビデオ集というエントリを作った後で、PV制作出身の映画監督が多くいることを思い出し、改めて彼らが制作したPVを探してみた。(参考にしたのは、●●プロモーション・ビデオ●●@2ch・洋楽板)。
The Rolling Stones「Love is Strong」(1994年)
巨大化したストーンズのメンバーが町で歌うというかっこいいPV。制作は、デヴィッド・フィンチャー。Madonna「Vogue」(1990年)、「Bad Girl」(1992年)もこの人だそう。映画に、『セブン』(1995年)、『ファイト・クラブ』(1999年)など。映画初挑戦の『エイリアン3』(1992年)は、内容的にも観客動員的にも失敗作で、数年仕事を干された。美しい映像だけでいい映画が撮れると思っているのは、PV出身監督の陥りがちな罠なのだけど、この失敗から彼はプロットを練りに練る「サプライズ・エンディングもの」の先駆的な映画監督になり、この流れは「ソリッド・シチュエーションもの」の流行として、いまだに続いている。そういう意味では、『エイリアン3』は、映画界全体にとって意味のある失敗でしたね。
Fatboy Slim「Praise You」(1998年)
制作は、スパイク・ジョーンズ。映画に『マルコヴィッチの穴』(1999年)、『アダプテーション』(2002年)など。Wikiには、The Pharcyde「Drop」(1996年)の巻き戻し再生PVが有名とあるが、映画公開当時は、「Praise You」が「ただ町で人が踊っているだけのPVなのだけど、めちゃくちゃおもしろい」と話題になっていたと記憶している。最初は「ちょwwwww」とか思うんだけど、見てると、なんかハッピーな気分になれるんですよね。スパイク・ジョーンズの場合、こんな風にPVでもアイデアで勝負するタイプなので、映画の方もアイデア勝負で観客を笑わせてくれるものになっている。
The Chemical Brothers「Elektrobank」(1997年)
「Spike Jonze's music video for The Chemical Brother's song Elektrobank starring Sofia Coppola.」とあるので、制作はスパイク・ジョーンズで、主演している少女がソフィア・コッポラなんですな。ソフィア・コッポラは、映画監督フランシス・フォード・コッポラの娘で、『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)といった映画を撮っている。1971年生まれなので、当時26才。もともと若くて美人なのだけど、さらに幼く見える。ちなみに、スパイク・ジョーンズとソフィア・コッポラは一時結婚していたとのこと。
Chemical Brothers「Star Guitar」(2002年)
制作は、ミッシェル・ゴンドリー。映画に、『ヒューマン・ネイチュア』(2001年)、『恋愛睡眠のすすめ』(2006年)など。数々のCMやPVの仕事を手がけ、多くの賞を受賞しているらしく、Wikiにも作品リストがあるので、興味のある方は参考にしてほしい。出世作は、Bjork「Human Behaviour」(2001年)。「Star Guiter」はシンプルなPVなのだけど、もっと凝ったものもたくさんあるのだけど、どこかいいな、と思えたので選んでみた。
Badly Drawn Boy「Disillusion」(2000年)
髭面の男が背広姿の男性に声をかけ、客を背中に背負って走りだす。彼は、人力タクシー男なのだ。Tシャツにもしっかり「TAXI」と書いてある。なんだか『魔女の宅急便』を思い出すだけど、男を応援したくなり、「がんばれ!」と言いたい気持ちになる。ラストも癒される。お疲れさま。制作は、Garth Jennings。映画『銀河系ヒッチハイク・ガイド』(2005年)を撮っている。
Madonna「What It Feels Like For A Girl」(2000年)
制作は、ガイ・リッチーで、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998年)、『スナッチ』(2000)といった映画を撮っている。2000年、マドンナと結婚しており、嫁であるマドンナを、さすがにきれいに撮っている。当時42才なのだけど、とても見えないよねえ……。
The Cardigans「My Favourite Game」(1998年)
制作は、ヨナス・アカーランド。スウェーデンのバンドカーディガンズのPV「マイ・フェヴァリット・ゲーム」が出世作で、映画『SPUN』(2003年)を撮っている。PVは、女性が車で暴走するという内容は、Madonna「What It Feels Like For A Girl」と同じなのだけれども、こちらが先。オチがすごいので注意。放送禁止になるようなPVばかり作っているらしいのだけど、詳細は、町山智浩blogを参照のこと。The Prodigy「Smack my Bitch up」(1997年)の主観映像は酔うなw
Björk「All is full of love」(1999年)
制作は、クリス・カニングハム。この人は映画を撮っていないのだけど、PV/MUSIC VIDEOの第一人者であり、また、確かにとても美しいPVを作る人だと思うので、紹介しておきたい。このPVはロボットのセックスを描くものでインパクトが強烈で、かつ繊細で美しく、息を呑む。ただし、なぜかYOU TUBEではロボットがレズビアンかどうかで大論争になっている。なんでだろう。そんなこと、どうでもいいじゃん。あと、 Madonna「Frozen」(1999年)も美しいなあ……。
Ken Ishii「Extra」(1996年)
制作は、森本晃司。映画に、大友克洋総監督のオムニバス映画『MEMORIES』(1995年)の「EPISODE 1 彼女の想いで」など。アニメクリエーターの映画監督でPV制作といえば、人形アニメーション作家の第一人者ブラザーズ・クエイによるTool「Sober」(1993年)のPVというのもある。
R.E.M「Losing My Religion」(1991年)
制作は、ターセム。映画『The Cell』(2000年)を撮っているのだけど、この映画も映像美はすばらしいのだけど、内容的には退屈な映画だった。歴史は繰り返す。『エイリアン3』以来、同じ失敗が繰り返されているわけで、PVやCM出身の映画監督が陥りがちな問題点なのだろうと思う。
宇多田ヒカル「SAKURAドロップス」(2002年)
日本では、岩井俊二に続いたクリエーターとして、『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』(2000年)の堤幸彦や、『SF サムライ・フィクション』(1998年)、『RED SHADOW 赤影』(2001年)の中野裕之、2000年『けものがれ、俺らの猿と』(2000年)の須永秀明、『海でのはなし。』(2006年)の大宮エリーなどがいるのだけど、やはりPV出身の映画監督の問題点は共有しているように思う。とりわけ、究極は紀里谷和明だろう。PV制作では、CGを駆使した華麗な映像美で見る者を魅了したのだけど、映画『CASSHERN』(2004年)では、映像美だけでは映画は成り立たないということを証明してしまった。ただ、「光」(2002年)のPVはシンプルで、好感が持てる。
ソニン「カレーライスの女」(2002年)
おまけ。巨大化したソニンが町を歩く。The Rolling Stones「Love is Strong」の引用だと思うが、誰が作ったのかはわからないけれど、こちらも好きなPV。……裸エプロンも含めてなっ!
というか、ハロプロ関係で名作PVって他に思い付かない……。