BROTHER軒―太宰治「惜別」&高田渡「ブラザー軒」



 学会の懇親会で某大学の近代文学の先生から、文学関係の話題をいろいろ仕入れることができたので、今回はその中からBROTHER軒という洋食店についての話を紹介したいと思う。


 仙台市の一番町、アーケード街の一角に「BROTHER軒」という洋食屋があるのだけど(ブラザー軒@Yahoo!グルメ)、実はこの店は、太宰治の小説「惜別」(『惜別』、朝日新聞社刊、昭20・9)の中で名前が出てくる。
 「惜別」は、明治37年9月から一年半、仙台医学専門学校(現在の東北大学医学部)で学んでいた若き日の魯迅(当時23才)の青春を描いた作品(魯迅「藤野先生」@日本ペンクラブ:電子文藝館)。作中において、BROTHER軒は、津田憲治という男から「カツレツは固くて靴の裏と来ているし」と酷評されている。(出典は、青空文庫図書カード:惜別@青空文庫)。BROTHER軒は、明治36年創業だそうだから、「惜別」では創業直後のBROTHER軒がネタにされていることになる。



「承知してくれるね。」先に立ってどんどん歩いて、「さあ、どこがいいかな。東京庵の天ぷら蕎麦も油くさくて食えないし、ブラザー軒のカツレツは固くて靴の裏と来ているし、どうも仙台には、うまいものがなくて困るね。まあ、行きあたりばったりの小料理屋で鳥鍋でもつついていたほうが無難かも知れない。それとも、どこか他にいいところを知っているかね。」



 これは津田憲治という男の台詞(津田寛治ではない)。太宰の本名は「津島修治」だから、自分の分身を明治30年代の魯迅の青春時代の友人にしているわけだけど、おそらく魯迅(=周さん。魯迅の本名は「周樹人」)がBROTHER軒に入ったという証拠はないので、虚構のキャラクターに語らせたということなのだろう。もちろん、これは太宰一流のユーモアで、後半では営業妨害にならないよう配慮したからか、一応フォローしている。



 その時、私はふいと思い出した。あの夜、周さんが、或る物好きな学生の過度の親切には閉口している、と言っていたが、その学生の名は、たしか津田といったような気がする。なあんだ、それではあの、とろろ汁の指導者が、この目前の食通氏であったのか。
「熱があるのですか。」
「うん。たいした事もないらしいが、あまり丈夫な体質でもないようだからね。まあ、二、三日は学校を休ませるつもりだ。どうも、外国人は、世話が焼けるよ。ところで、鳥は、水たきがいいかね。酒も飲むだろう。」
「はあ、どうでも。」
「肉がかたいと困るな。いっそ、たたきにしてもらおうか。あれなら、無難だ。」
 私は思わず、くすと笑ってしまった。津田氏の上顎が全部ぶさいくな義歯なのを看破したからである。ブラザー軒のカツレツを靴の裏と断じ、また鰻の筋の珍説も、鳥のたたきの所望も、すべてこの義歯となんらかの聯関があるのではなかろうかと思った。
「まったくね。」と津田氏は私の笑いを他の事と勘違いしたらしく、「水っぱなみたいな薄いソップの水たきなんざ、恐れ入るからね。田舎料理は、たたきに限るよ。」



 つまり、BROTHER軒のカツレツは、靴の裏ではないようだ。Webで評判を調べてみると、五目やきそばがおいしいようなのだけど(仙台一番町、ブラザー軒の五目やきそば@犬悔い)、たしかにおいしそうだ。


 BROTHER軒の文学史/文化史には続きがある。
 6〜70年代に活躍した伝説のフォークシンガー高田渡(1949-2005)は、「ブラザー軒」という曲を作った。これは有名な曲なのだそうで、実際に聴いてみると、これはたしかに名曲だと認めざるをえない。高田渡のことはどんな人かある程度知っていたし、曲もいくつか知っていたんですけど、この曲は初めて知りましたね。
 歌詞は、宮城県出身の抒情派詩人菅原克己(1911-88)の詩なのだそうだけど、この詩人の名前は初めて聞きました。『菅原克己全詩集』(西田書店、2003.7)という本が出ているようなので、そのうち読んでみたいと思います。


 高田渡「ブラザー軒」



 今回の記事は、一から十まで某先生の受け売りなんですけど、こういう話題はどんどん共有されていった方がいいと思うので、Web上の情報をまとめた上でアップしました。
 この日の懇親会後は、すでに店じまいだったので行けなかったのですが、そのうち、BROTHER軒には、五目やきそばを食べに行ってきたいと思います。メニューにカツレツがあったら、どちらを頼むか迷うところですが。


27/03/03

27/03/03



菅原克己全詩集

菅原克己全詩集



 付記(2008.4.26)
 検索ワード「高田渡+ブラザー軒」でこのエントリにたどり着く人が多いみたいなので、いくつか高田渡動画を貼っておきます。


 高田渡「値上げ」

 あはは。なんともいい味出してますね。


 高田渡「銭がなけりゃ」(フォークジャンボリー

 若いっ! いったい何才のころなんだろう?