「細雪」の幸子さんから「肌美精」の絹子さんへアドバイス。「お見合いの席は地味なお作りで」



 2006年5月ころ放送された、カネボウ「肌美精」のCMでは、こんなストーリーが展開されていた。


 カネボウ「肌美精」のCM(出演・国分佐智子



 旅館でのお見合いの席で、家族を含めての顔合わせが終わり、次は当人同士だけで話を、というシチュエーション。旅館の女中さんは、「あとは若いお二人で」。ところが、男は年増の女中さんのあまりの美しさに、「ぼくはあなたがいい」と立ち上がり、手を取って駆けだしてしまう。女中さんはとまどいつつ、「いけません」と口では言うものの、表情はどこか嬉しそう。なんか照れてるし。
 ええっ、それはないんじゃない?


 肌美精の絹子さんは〜@Yahoo!知恵袋では、こんな意見も。



 2006/5/15 12:45:29
 肌美精の絹子さんは、お見合いの席で「あとは、若いお二人で。。。」とか言って若い男に手を引かれたら「いけません・・・」なんて言いながら拒否らずに付いていってる。。。なんでしょうあの女。


 2006/5/15 12:49:21
 私もあのコマーシャル見てて(置いていかれた見合い相手の女性はどうなるのよ!)と思ってしまいます。
 コマーシャル的には、インパクトがあればいいんでしょうね。。。


 2006/5/15 16:09:27
 30代からの・・が売りの化粧品ですから
 これを使えばまだまだ若い子には負けませんよ・・みたいな表現なのでは?
 その年代の女性の心をくすぐろうとしているのですね。



 どうやら女中さんには「絹子さん」というキャラクター名があったよう。被さる歌の歌詞、よく聞いてみると、「絹子の肌は罪作り。絹肌作りの肌美精〜♪」で、名前入ってますね。
 このCM、30代の女性がターゲットなわけだけど、「若い子はきれいだし、もてていいな。自分もがんばらなきゃ」なんて思ってる30代女性が、a.美人の年増女である女中さんと、b.お見合いの席で恥をかかされた、おそらくさほど美人というわけではないのであろう20代の女性のどちらに共感するかっていうと、まあ後者だろうと思うわけで。反感を抱く女性視聴者は多いと思う。インパクトがあり完成度も高く、なにより国分佐智子の美しさが映えまくっているCMだった割りには、放送されていた期間は短かったように思うし、続編も作られていないようだし。クレームなども寄せられたのではないか。
 ところで、このCM、文学ファンの中には、谷崎潤一郎の「細雪」を思い出した人も多いのではないかと思う。空前絶後のお見合い小説である「細雪」では、嫁き遅れのまま三十路越えを果たした三女雪子の後見人としてお見合いの席に付くことになった次女幸子(既婚)が、美容院で働く知人でお見合いの仲介役を務める井谷にこんな風に言われるくだりがある。



「――あの、実は奥さんにお願いがございますの」
 井谷はそう云って、耳元へ口を寄せて、
「こんなこと、申し上げないでも無論お分かりと存じますけれど、明日は何卒奥さんは思いきり地味にお作りになって戴きたいんですの」
「ええ、それは分かってます」
 と、幸子が云うのに押っ被せて、
「でもちょっとぐらい地味にお作りになったんではいけませんのよ。ほんとうに、思いきり地味にして下さらなけりゃ。―――お嬢さんもお綺麗でいらっしゃいますけれど、何しろああ云う細面の淋しいお顔だちですから、奥さんとお並びになると、一二割方御損ですわ。奥さんの方は又非常にぱっとした派手なお顔だちで、それでなくても人目につき易くていらっしゃるから、どうか明日だけは、十も十五も老けてお見えになるようにして、精々お嬢さんを引き立ててお上げになって下さい。でないと、奥さんが附いておいでになったばかりに纏まるものも纏まらないでしまうなんてことが、ないとは限りませんからね」


 (『細雪』(上)、新潮文庫、56頁)



 なんでここまで言われなきゃならないのか、という感じだけど、まあお見合いの席ではこういう配慮が働くのが普通なんだろうと思う。
 「肌美精」の絹子さんは旅館の女中さんなわけだし、お見合いの席で接客する経験だって、今まで何度もあったはずだ。なのに、お見合いの席では自分は主役ではないのだし、自分は、席の主役であるところのお見合いに臨む女性の引き立て役にならなければならないのだ、ということがわかっていない。楚々としているようで、そこまで気が回らないっていうのは、古式ゆかしい日本女性の美の伝統ってやつにはそぐわないわけで(いやまあ、「日本の女性は美しい」っていう資生堂TSUBAKI」のCMも、なんだか気色が悪いけれど。ただ、「TSUBAKI」CMパロ動画は笑う。特にハルヒ。ナイス!)、谷崎は、周囲にやたらと気を遣った挙げ句に、困ったり疲れたりしている心の濃やかな日本女性の内面まで含めて萌えていたのに対して、「肌美精」の場合は、「楚々としているようでいて、実のところは男を狂わせる「罪作り」な魔性の女」を演出していることになる。
 それっておそらく日本の女性は一番嫌いなタイプなわけで、男性の場合はこの手の女に破滅させられたい御仁も少なからずいるだろうけど、まあ女性向けのCMとしては失敗してると思うのだ。