携帯メールショートショート Vol.6/「奇妙な癖」



 携帯メールショートショートの第六回です。



奇妙な癖




 著名なピアニストであるピカード氏には、幼い頃奇癖があった。極度の緊張状態に達すると、するすると服を脱ぎ出し、素裸になってしまうのだ。
 このままでは猥褻罪で性犯罪者だ。将来を悲観した氏の両親は、有名な精神科医催眠療法を施してもらった。治療の甲裴あって奇癖は学校入学以前に無事収まり、その後六十年の間再発しなかった。
 ところが、ある年ピカード氏のピアノリサイタルに王がご来場なさるという、氏にとって一世一代の大舞台が訪れた。氏は大いに緊張した。生まれて初めて体験する強い緊張感を、氏の繊細なる感受性は受け取った。氏の中で何かが弾けた。
 氏は衣服をすべて脱ぎ捨て、王と公衆の面前で生まれたままの姿になった。会場は少しずつざわつき出し、やがて怒号が飛び交う大騒ぎになった。氏は痩せ衰えた己が体を抱き締めて、ピアノの下で震えていた。
「静まれ!」
 王の一喝が会場の騒ぎを静めた。
「余は音楽を聴きに来たのである。静まらなくては聴けまい」
 そして王は氏に再びピアノを弾くよう促した。裸のまま演奏を再開した氏は、かつてない開放感と自由を感じつつ、ピアノを弾いた。
 聴衆の誰もが聴き惚れる、それは百年に一度の名演奏だった。氏は鳴り止まぬ喝采の中で、胸が一杯だった。
 かくして氏は齢七十にして己の心の弱さを克服し、翌年一児をもうけたのである。



 これはいちばんの自信作ですね。わはは、おもしれーぞ。よくこんなの書けたな、俺。
 基本的なモチーフは、裸形夢。裸で人前に晒されて恥ずかしい思いをする、身を覆うものを探すのだけど見つからない、という夢を見ません?
 オチは、七十才の老人の体にセクシーさを感じる若い女性がいたという話。自信がついたのはいいけれど、それはさすがに勢い余っちゃってるんじゃないか?という感じが良いです。やっぱり人生これくらい弾けないと。