一緒の場所とどうでもいい話―ジム・ジャームッシュ『ダウン・バイ・ロー』
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研究科の中で、映画についての研究会を始めるということで、誘われたので参加してきた。ふたりの先生を中心に学生が6人くらいで開催は月一とかそんな感じの小さな研究会なのだけど、未知の人と面識を得るのはとても面白いし好きなので、出るとなればいずれ自分も発表しなければならず、後で苦労するんだろうなと思いつつw テーマは「越境する身体、声」。今回は発起人の先生が、ジム・ジャームッシュ『ダウン・バイ・ロー』についてやるというコトで、ジャームッシュは好きですからね。ともかく行ってきたしだいです。
会は、午前10時から12時半まで映画を見て、発表や質疑応答は午後2時までという長丁場。『ダウン・バイ・ロー』のストーリーは、ラジオDJのザック(トム・ウェイツ)と、ポン引きのジャック(ジョン・ルーリー)、イタリア人の賭博師のロベルト(ロベルト・ベニーニ)の三人の男たちが牢獄で出会って仲良くなり、三人で脱獄し、やがて追っ手の手から逃れるために別れていくという単純なものなのだけど、図らずも運命共同体となった三人が織りなすやりとりにユーモアがあり、またコミュニケーションの微妙な綾が描き込まれているあたりがおもしろいところだ。なんだかんだ言いつつ仲良くなって、そして追っ手から逃れるべく三者三様の道へと別れていく。別れの場面はさまざまな作品で引用されており、ロードムービーの定番になっているのだけど、例えば、アニメ『サムライチャンプルー』のラストなどもそう。
で、発表の内容は、『ダウン・バイ・ロー』におけるコミュニケーションについて。この映画には、かなりあやしい英語を使う陽気なイタリア人ロベルトが登場して、間違いなどお構いなしに、ジャックやザックに話し掛けていくのだけど、ロベルトの英語は言い間違いやらイタリア語がどんどん入ってくるやらはちゃめちゃで、言葉を意志伝達の道具とする言語学でいうところの「コミュニケーション」からは外れている。けれど、実は別の回路でコミュニケーションの可能性を開いていっているのではないか―と、主旨はおおよそそんな感じ。細部の分析がとても面白かったのだけど、ここでは省略します。
Buzz Off@『Down By Law』
けれど、二か所ほど先生が挙げていた例を紹介しておきます。ザックは、話し掛けてきたロベルトに、「Buzz off」(どっか行け!)と言うのだけど、ロベルトはスラングで罵られても罵られたと気づかないので、「外国人」(日本人が英語圏に行った場合は日本人はその国での外国人であるという意味での「外国人」)がよくやるように、「とりあえず相手の言ったことをオウム返し」してみるw ディスコミュニケーションがかえってコミュニケーションの可能性を開く例。ロベルトは、鈍感力高いですねw
I Scream, You Scream, We All Scream for Ice Cream@『Down By Law』
トランプで勝ったジャックが笑っているので、ロベルトが「なにしてるんだ?」と訊くと、ザックが「叫んでるのさ」。で、ロベルトが「『私は叫ぶ』と『アイスクリーム』って似てるね」と言いつつ、「外国人」らしい言葉遊びをしているうちに興奮してきて叫びだし、やがて監房中に伝染する。そして逃げ足w 先生曰く「最も痛快な場面」。ぼくもそう思いますw
で、このエントリでは、先生が触れなかった部分について書いていきたいと思うのだけど、まず確認しておきたいのは、「コミュニケーション」の内容について。ザックとジャックはともに一匹狼タイプで、なので牢屋の中でも最初は反目し合って、しかしやがて打ち解けていくわけだけど、彼らが信頼関係を構築していく条件となっているのは、実のところ近接性なのではないかと思う。つまり、牢屋に閉じ込められて否応なくふたりで一緒にいざるをえないので、なんとなく仲良くなるというコト。
偶然長い時間を共有する機会をもつ、というのは、人間同士を結びつける有力な条件のひとつであって、人はめちゃくちゃ話が合いそうな人ととよりも、たまたま今空間を共有している人となんとなく仲良くなるものだ。それはお互いに暇を潰すのに手軽な相手だからでもあり、仲良くならなければ居心地が悪いからでもある。ふたりが仲良くなるきっかけは、ジャックが、ラジオDJのザックに「DJみたいに喋ってくれないか?」とリクエストし、ザックがそれに応じる場面なのだけど、ようは、暇を潰すためにお話をねだったというコト。しかし、こういうコトは案外バカにできなくて、お互いの中に信頼関係を築いていくきっかけになったりもする。
ザックのDJトーク@『Down By Law』
ハイデッガーは、世俗の人々がおよそまったく意味があるとは思えないお喋りに興じているのに愕然として、これを「空談」と名づけたわけだけど、意味のないお喋りというのは、実は人と人を結びつけるコミュニケーションの道具としてはおおいに役に立っている。「今日もいい天気ですね」とか、「巨人が勝ちましたね」とか、そういう他愛のない会話が成立していることによって、相手が自分に対して敵意がないことを確認し、信頼関係を構築して、友情が育くまれたりもする。まあ、普通に生きていれば誰もが気づくことだと思うのだけど、ハイデッガーのように、気づくまでに時間がかかる人も実はかなりいるし、ぼくも時間がかかったタイプのうちのひとりだ。
言いたいのは、『ダウン・バイ・ロー』では、牢屋という否応なく一緒にいざるをえない場所で、どうでもいい話をすることで、お互いの中に信頼関係が築かれていく、というコト。それは人間同士の信頼関係の構築(=コミュニケーション)一般に言える事柄で、この映画はその辺りの機微を巧みに描いていると思う。
さて、映画は、後半、牢屋という閉ざされた空間で構築された信頼関係が、脱獄後に試練を迎える場面を描いていく。試練は二回ある。一度目は、犬に追われた三人のうち、ザックとジャックが湖を泳いで逃れていくのに対して、ロベルトは泳げずに陸地に取り残されて、見捨てられかける場面で、これはふたりがロベルトを助けに戻ることで克服される。二度目は、ザックとジャックが喧嘩をして、ウサギを焚き火で焼くロベルトを残してばらばらになりかける場面で、このときはふたりが戻ってくることで、やはり危機は克服される。脱獄してしまえば、三人はもうばらばらになってもかまわないし、ロベルトを見捨てたっていいのだけど(w)、すでにそれなりの結びつきがあるので、すぐに別れたりはしないのだ。
そして、翌日、イタリア人女性が経営するレストランに遭遇し、ロベルトが女性と仲良くなることで、ザックとジャックも服やお金を手に入れて、そして、西と東に別れて旅立っていくわけだけど(ロベルトはレストランにとどまる)、このときはお互いになんとなく友情めいたものを認めている。
認めつつべたつかずに別れるところに、まあ若いやつらはやられるわけだけど、なんでやられるかというと、人はたいてい、ザックやジャックよりはもう少しウェットだからなのだと思う。
人と人が知り合うのは偶然ひとつの場所を共有したからというたまたまのコトにすぎないわけだけど、いったん近接性の原理で結びついた人との間の関係性というのは、これが意外と強固に結びついていて、離れがたいものを感じるものなのだと思う。毎年春には、多くの人が多かれ少なかれ馴染んだ人との別れを経験するわけだけど、人が寂しさに耐えられるのは、毎年の別れが習慣になっているのと、「また会える日がある」という可能性がまったくゼロではないからだ。(実際には別れたきり会えない人の方が多いのだが)
「寂しい」とか「離れがたい」とかウェットなことを言っているようだが、こういう人間のシンプルな感情を描こうとする映画には、実は高い普遍性を獲得した、傑作が多いように思う。
一緒にいるのは楽しいね。幸せだね。
離れてしまうのは寂しいね。つまらなくて、悲しいね。
これほど普遍的な感情もないと思う。もちろん映画はそれだけで成立しているわけではなくて、むしろこういうシンプルで普遍的なストーリーの枠組みを使うことでストーリーを明快なものにしつつ、どれだけ実験的な試みを行っているかが評価の鍵になるわけだけど、シンプルなストーリーに心を打たれるのが悪いことであるはずはなく、まずは素直に受け入れればよいと思っている。
離れてしまうのは寂しくて、つまらなくて、悲しいのだ。
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