細見和之氏講演会「イングランドの批評性−オーウェル、ディケンズ、ピンク・フロイド−」メモ



 細見和之氏講演会「イングランドの批評性−オーウェルディケンズピンク・フロイド−」(5月12日水曜日15-17時、東北大学川内北キャンバスマルチメディア教育研究棟6F大会議室)http://p.tl/gwgk のメモです。


◆話の枕
 今回のテーマを選んだのは、今いちばん興味があったことだから。ドイツ哲学はすでに本にまとめてるし、すでにやったことを喋るのでは自分の中でも発展がなくしんどい。今までドイツやフランスについては考えてきたが、イギリスについては直感的にちょっと違う印象を持ってきた。去年の暮れからディケンズを読んでおり、自分が高校時代から聴いてきたピンク・フロイドも含めて、オーウェルディケンズピンク・フロイドの三つが、批評的なラインでつながるならおもしろいかなと考えた。


アドルノ―非同一性の哲学 (現代思想の冒険者たち)

アドルノ―非同一性の哲学 (現代思想の冒険者たち)



理想の教室 ポップミュージックで社会科

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オーウェル
 知識人は、オーウェルはエッセイに本領があると強調するが、実際に小説を読むと作家としての力もすごいことがわかる。『1984年』は、監視社会やビッグブラザーといったキーワードで語られ、読んでなくても読んだ気になれる本で、自分も長らくそうしてきたが実際に読むと小説としてすごい。
 ウィンストン・スミスとジュリアの恋愛を軸に進むが、何度もどんでん返しや不意打ちがあり、最後は救いがない。延々と続く拷問場面の凄惨さ。悲惨を悲惨として書き切ってしまう力量。『1984年』の「監視社会」批判は、ソ連に止まらない普遍性。現代社会は至る所にテレスクリーン。相互監視社会。
 最新の翻訳の解説でも触れられているが、ウィンストン・スミスがぼんやりとカフェに座っている場面で「2+2=5」と書く場面があるが、これは前の翻訳では「2+2= 」だった。「2+2=5」なら洗脳の完成を意味するが、「2+2= 」であればまだ自立的な思考が残っていることになる。オーウェルの原稿では「2+2=5」だったが、初刊刊行時には「2+2= 」だった。誤植とも、決定的な場面で誤植とは考えにくく、オーウェルがゲラ段階で指示したとも考えられる。ただ、原稿段階で「2+2=5」だったことは確かだ。
 オーウェルは反共作家として知られるが、オーウェル自身も社会主義者だった。オーウェルナショナリズム全体主義として批判し、パトリオティズムを評価している。パトリオティズムについて、自分は以前は「愛郷心」と訳していたがやはり「愛国心」だろう。「他人まで押しつけようとは思わない、特定の地域と特定の生活様式に対する献身を意味する」「革命が到来した途端にひるんで逃げ出してしまうのは、まさしくユニオンジャックを見て心が躍ったことがないような手合いなのだ」といったオーウェルの言説から窺われる、オーウェルの「愛国心」の複雑な意味合いを捉えていくことの必要性。


オーウェル評論集 1 象を撃つ

オーウェル評論集 1 象を撃つ



一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)



ディケンズ
 ディケンズは大衆読者を相手に商品としての小説を月間分冊で書いていたので著書は膨大。『荒涼館』以降、暗くなる。二期に分かれる。読者を意識しサービス精神が旺盛なので徐々に面白くなっていく。挿話が魅力。ディケンズ初心者は、『大いなる遺産』『二都物語』→『骨董屋』→後は何でも、という流れで読むとよいだろう。
 ヴィクトリア朝時代のイギリス資本主義の負の側面、具体的には「破産」をよく描いている。監獄を描く。凶悪犯用監獄と債務者用監獄。債務者が入る債務者用監獄では、騙した者も騙された者も入り、二〜三十年入っている。家族ですごしたりもする。→イギリス社会の縮図。ディケンズの父も債務者用監獄の経験者。ディケンズは監獄に強い関心。
 二つのディケンズ評価。過激思想か保守的か? 最終的には遺産や善意で大団円となるディケンズ、社会の負の部分を描いたディケンズエドマンド・ウィルソンディケンズ評(テーマ批評・マクロ的)。「二人のスクルージ」。暗く陰気なスクルージ、明るく気前のいいスクルージ。二人のディケンズオーウェルディケンズ評(細部に拘る批評・ミクロ的)。「庶民は今なおディケンズの世界に住んでいる」。→オーウェルパトリオティズムの根源の世界。ディケンズは底辺の労働者とブルジョワの両方を全体として描いている。
 ドストエフスキープルーストへの影響。『バーナービー・ラッジ』の監獄の火事の挿話(処刑間近の囚人たちから騒ぎ出したという人間心理の理解)→ドストエフスキー的。『骨董屋』。少女ネリーがお墓参りのおばあさんと話す挿話。→プルースト的な「時間」。
 ディケンズユダヤ人表象。「オリバーツイスト」の盗賊団リーダーフェイーギン。ディケンズは特に差別性を指摘されているわけではないが、社会・表象の問題としてやはり考えていくべき。


骨董屋〈上〉 (ちくま文庫)

骨董屋〈上〉 (ちくま文庫)




ピンク・フロイド
 ピンク・フロイドは、1965年結成のプログレッシブロックバンド。『ダークサイド・オブ・ザ・ムーン』(1973年)は世界的な大ヒット。中心メンバーロジャー・ウォーターズは、インテリ家庭の子どもで社会主義者。印税で住宅を購入しホームレスに与えるといった活動までしていた。妻ジュディはトロツキスト
 アルバム『壁』(1979年)では、父をテーマに。父は教師だったが、第二次世界大戦では良心的徴兵忌避→戦況が深まると出征し戦死(→オーウェルパトリオティズムを体現)。体を張って戦おうとしない知識人への苛立ち。
 アルバム『ファイナル・カット』(1983年)は、フォークランド紛争を背景。繰り返される「マギー、マギー、ぼくらは何をしたんだろう」の声の「マギー」とはサッチャーのこと。
 1994年のライブ。スクリーンに政治家たちの顔を映し出す。湾岸戦争以降の状況。ロジャー・ウォーターズ脱退後も批評性維持。
 アルバム『The Dark Side of the Moon』(1973)の「BRAIN DAMAGE」の歌詞では、「lunatic」(狂人)と「moon」が重なっていく。「ECLIPSE」では月と太陽が対比。太陽(=理性)と月の対比。「ECLIPSE」は、アドルノと共著のあるマックス・ホルクハイマーの『理性の腐蝕』と同じ言葉を使用。日食=理性のむしばみ。何が理性を蝕んでいるのか?


Dark Side of the Moon

Dark Side of the Moon





 Pink Floyd「Brain Damage」



 Pink floydeclipse





 聴衆は5〜60人。若い学生や一般市民の方らしき方の姿もあり盛況でした。細見氏は、ディケンズについて長いけれど、サービス精神旺盛で面白く、挿話が魅力的と語っていたのですが、細見氏の講演もまた、予定を1時間オーバーして3時間に及び、講演の内容も巧みな語りで聴衆を離さない、ディケンズ的な講演だったと思います。


 おかしいと思われた点は、だいたいぼくが手を抜いたまとめをしているせいだと思うので、その辺りご了承ください。また、こんな風に要点をまとめてしまうと、細見氏の講演の話の巧みさや「アウラ」はやはり抜け落ちてしまいますが、その点もご了承ください。